XserverXserverSupportDomainDomainSupportMany-KingMany-King Support

色の組み合わせでセンスが決まる!?

「ウェブ標準」という言葉を意識し始めて、どれ位の時間が経過したのかな~以前、ウェブサイトの製作に興味を持った 10 年ほど前には、まったく意識していなかった「ウェブ標準」。当時は、HTML のコードをテキストエディターで作成していました。

今や本当に便利になった!とにかく、テンプレートと称して、いろいろなデザインやツールが無料で利用できるんですから。本サイトでもいまや WordPress というツールを利用して、更には XHTML と CSS を駆使すると直ぐに「ウェブ標準」準拠ってなことが達成できてしまうのですから。

さて、「ウェブ標準」は、何とか理解できるようになってきました。そこで問題!?になるのが、色の組み合わせ。私は、第2種赤緑色覚異常[1]なので、特に緑色と赤色といった組み合わせで設計されるウェブサイトがちょっと苦手。よって、ウェブサイトを構築するときは、自然と緑や赤が少なくなっているはずです(というかほとんど利用していません)。

上記のように、結構神経を使って色の組み合わせを検討しているはずなのですが・・・本サイトでは、勝手に自分では、「認知科学や心理学を扱いたいのでクラシックな感じ」を出したいな~と考えて、ブラウン系の色合いを多用しているつもりなのですが、閲覧して頂いている方々にはどう映っているのかは不明です。ブラウン系がクラシックな感じなのかも不明ですが・・・

そうしているうちに、面白い投稿記事がありました。「種から育てるWEBクリエイターの木::色の決まりを知っていれば「センス」がよくなる」というのがそれですが、投稿記事に以下のような一節があります。

色にはいくつか法則があって、この色とこの色の組み合わせは目に刺激が強いからダメ、とか、色のトーンは合わせようといった決まりがあるのだけれど、それを知らないと色の法律を犯してしまって、見ている人に不快感を与えたり、ダサいと言わせてしまうのだ

詳細は解りませんが、やっぱり色というのも何やら法則があるようです。更にこの投稿記事では以下のような記述もあるんです。

心がうれしいときには自然と明るい色を選ぶし、心がすさんでいるときは明るい色を選ぶことができない。人は自分の感情と共感するときに感動を受けるので、自分の感情にあった色のものを「好み」とする。

もうこうなると正に心理学の世界です。「Oricon::色が人間の心理に与える影響」というウェブページが紹介されていて、とても参考になりますね。ただ、私はもうちょっと実用的な「Color Lover」という実際の色の組み合わせのサンプルの方がいいかな・・・何せ、色に関してはちょっと過剰に反応してしまうので・・・

脚注 [1]
色覚異常といってもいろいろな種類があって、まったく日常生活には影響がない場合もあり、私個人もまったく日常生活では不便がない。信号も見分けられるし、緑単独、赤単独での色彩は完全に判断できる。

【追記】2007-10-16
「ウノウラボ Unoh Labs::色覚異常を考慮してWebColor216色を選択できる便利なサービス」という投稿記事を発見しました。記事によれば、「Color Laboratory — AWARE Center — HTML Writers Guild」というサイトでは、色覚異常の場合の色の見え方を考慮しつつ、Web Color 216 色のカラーパレットから色の組み合わせを試してみることが出来るそうです。とても興味深いですね!

WordPress を USB メモリーで持ち運ぶ方法

きょぇ~すっごい投稿記事を見つけました・・・「Ellinikonblue.com::WordPress v2.2 on XAMPP in Flash Memory」という公開記事。

現在、WordPress を利用して運営しているサイトは 3 つ。全てのブログで、直接、管理画面からいろいろと改良や改造を実施してしまっています。「できれば、テストをしてから実際のサイトへアップしたいな~」と考えていたのですが、どうも自分の PC へ Apache、mySQL、PHP 等をインストールするのは気が引けていたのですが。

上記の記事によれば、PortableApps 用にリリースされている XAMPP Launcher を利用すると可能らしい!XAMPP とは、Apache、mySQL、PHP、Perl を USB メモリーへインストールすることができるらしい。もしそれができれば・・・

ローカルの環境にわざわざ環境設定する必要なく、WordPress をインストールすれば、USB メモリー内に WordPress のテスト環境ができるはず。これは素晴らしい!!!

理屈としては・・・Xoops Cube も USB メモリー内に設定できる!?

問題は、上記を実施するための時間がないということ・・・

全てのウェブサービスを統合したい!と考える人がやっぱりいる・・・

本サイトは、ブログ形式で運営しているし、その他公開しているウェブサービスに del.icio.us や SNS としている「エースを狙え!」なんていうサイト運営もあるし・・・個人的には、インターネットは既に生活の一部以上の存在になってしまっているのですが。

それにしてもあっちこっちに散らばってしまいました・・・きっと、そうした問題は私だけではないはず!どこかで、きっと散らばったウェブ情報やサイトを一括して見せたいな~と考えている方が存在するはず、とちょっと考えていたのですが。

発見!「cameraLady::IDは統合されていてほしい」にとっても感動する一節が掲載されていました。

同じ人のブログやソーシャルブックマーク,その他もろもろは統合されて,様々なアウトプットの総体からその人の人格というか,人柄が見えてくると嬉しいです。今は人間が目で見て,同じ ID だなとか,ID が微妙に違うけど同じ人だなとか,判断している状態です.でもこれは自動化されてほしい!いわば複数サービス横断メタ SNS みたいなものがほしい

でもこうしたことを実現できるようなサービスはまだ存在していないようです。できれば、直ぐにでも利用するんだけど・・・

やっぱり、同じようなことを考えていらっしゃると思うんです。

ID とパスワードの管理に KeePass Portable!

インターネットを利用していると、いろいろな場面で ID (User Name 等) とパスワードの管理が大変です。特に銀行系やクレジットカード等の ID とパスワードに関しては、自分で決定できることが少ないので、特に重要ですよね。

そんな ID やパスワードを管理するために、いろいろなフリーウェアがリリースされていて、特に「ID Manager」が良く使われているのでしょうか・・・私も一度はトライしたのですが、直感的に解るようなインターフェースではない!?ので、使うのが嫌になってしまって。

そこで、もっとインターフェイスが簡単で、ほとんど直感的に使える ID とパスワードを管理するフリーウェアがないかと探していると・・・ありますね、やっぱり!私は、KeePass Password Safe に決まり!通常版と共に、KeePass Password Safe Portable という USB メモリーにインストールできるバージョンがあります。

英語版ですが、実は日本語化するためのファイルが KeePass Password Safe のサイトで配布されているので、日本語での利用が可能です。日本語化のファイルをダウンロードしたら、インストールした KeePass Password Safe Portable のディレクトリー「
\PortableApps\KeePassPortable\App\keepass」 へ解凍した日本語ファイルをコピーして、言語を日本語設定にするだけです。

日本語への設定方法は、「@IT::パスワード、記憶に頼っていて大丈夫?」に掲載されています。皆さんも一度試されたら如何でしょう??

木内幸男氏、茨城県常総学院野球部の監督として現場復帰!?

木内幸男氏!いったい誰がこの名前を知っているというのであろう!?とちょっと硬いですが・・・でも、知っている方はほとんどいない、というのが正直なところではないでしょうか。地元、茨城県の高校球児であれば知っているのでしょうけど・・・

簡単に木内氏を知って頂くには、「2007 夏の高校野球 - 常総学院に木内氏が現場復帰/夏の甲子園 - Yahoo! スポーツ」が良いと思います。

甲子園通算 40 勝、全国制覇もした名将、常総学院(茨城)の前監督・木内幸男氏 (76) が同校の監督に復帰することが 13 日、明らかになった。この日の初戦は京都外大西に延長 12 回、2 度同点に追いつきながら最後は 3-5 で敗れ、持丸修一監督 (59) の退任が決まった。木内氏は春夏通算 20 度甲子園に出場。03 年に同校を日本一に導いたのを最後に勇退した。

当時、地元茨城県では、家業である八百屋!?をほったらかしにして、「弱い茨城県の高校野球に夢中になっている普通のオヤジ」と噂されて続けました。その「オヤジ」が県立取手二高を率いて甲子園に出場したのが 1977 年。その後、1 回戦敗退を繰り返します。その状況は、ウェブページ「伝説のプレーヤー::甲子園にこだわり続けた男」に記述されています。

最初に木内がとった教育は、スパルタだった。木内は、選手のレベルを上げるため、テスト期間中であっても学校に知られないよう川原に選手を集めて練習させたという。試行錯誤の末、初めて甲子園に辿り着いたのは 1977 年の夏だった。木内が取手二高の監督になって既に 20 年が経過していた。そうして、初めて甲子園に出られたとき、選手の中に甲子園を楽しむという雰囲気はなかった。悲壮感が漂うような重苦しいチームになっていたという。

とにかく厳しい監督で有名でした!ところが甲子園へは出場するもとにかく負け続け、「茨城県高校野球の恥」とまで噂されたことを記憶しています。その木内氏が、変化を始めたのが 1984年!それが、前述のウェブページ「「伝説のプレーヤー::甲子園にこだわり続けた男」にも記述されています。

木内は、甲子園の壁に跳ね返されながら、自らの中で一つの意識改革をする。甲子園で野球をして勝つ喜び、プレーする楽しさを教え込み、茨城県勢を全国で通用するレベルにまで上げようと誓うのである。「スパルタ」に「のびのび野球」を加える。1984 年こそ、それが花開いた年だった。木内は、取手二高を率いて夏の甲子園に出場する。木内にとって、春夏通じて 6 回目の甲子園だった。

名将、木内監督!どうやってチームを立て直すか、ということも注目ですが、やはりスポーツでは、「勝つことの楽しみ方」を知っていないと勝てません。意外とこの簡単なことが忘れられてしまいますが、名将といえども 20 年以上もかかって解った事ですから、それを短時間で理解するのは難しいのかもしれませんね。

Page 74 of 94« First...«7273747576»...Last »